看病(子リク+鯉伴)


赤く染まったふくふくの頬
額に乗せた手拭いを換え
小さなその手を包む―…



□看病□



ふらふらと、子供の歩幅からしたらとても長い廊下を、少し危なげな足取りで歩くリクオ。その腕の中には、大のお気に入りのふわっふわの可愛らしい茶色のクマのぬいぐるみ。

「ぅ〜〜…」

しかし、いつもは元気いっぱいに輝いている真ん丸の大きな瞳も、今はどこかとろんとしていて、目の縁は赤く、潤んでいる。

廊下で擦れ違う本家の妖怪達は、クマに隠れて見えないリクオの様子を微笑ましく思って通り過ぎるが、リクオ自身の異変には気付かない。

段々怪しくなる足取りと視界に、自室へ向かっていたリクオの足がとうとう止まった。

もやもやする胸に、頭がぼぅっとしてきて勝手に涙が溢れる。リクオはぐずぐずと鼻を鳴らして、廊下の真ん中でぎゅぅとクマを抱き締め、しゃがみこんだ。

「…おとーさん」

若菜は買い物に出掛けてしまっていて家には居ない。

わけもなくリクオは悲しくなって、ボロボロと涙を溢す。ひっくと喉がひきつり、息が上がる。

「は…ふっ…ぅ…」

ちょうどそこへリクオを探していた鯉伴がやって来た。

「おい!どうしたリクオ!」

廊下の真ん中でしゃがみこんだリクオに、鯉伴が慌てて駆け寄る。
リクオの横に膝を付き、顔を覗き込めばリクオの顔は真っ赤で、息も荒い。

「リクオ!」

「んぅ…おとーさん…?」

クマのぬいぐるみをやや雑に取り上げ、涙で濡れた頬に手を添える。目元に滲む涙を指先で払ってやり、ぼんやり鯉伴を見上げるリクオの前髪を掻き上げる。

コツリと額を合わせて、リクオから伝わってきたその熱の高さに鯉伴は苦い表情を浮かべた。

「やっぱり熱があるな。朝からか?」

「どーしたの、おとーさん?」

「他に痛いとことかあるか?何でも良いから言ってみろ」

合わせた額を離し、リクオの髪を優しくひと撫でして、リクオの後頭部にその手を添える。

自分の喉元を押さえた小さな手に喉もか、と鯉伴は瞳を細め、もう片方の手をリクオの膝裏に差し込んだ。

「よっ…」

「わっ!?」

「大人しくしてろよ」

鯉伴はリクオを横抱きに抱き上げると、廊下に落ちたクマを見て一瞬動きを止め、結局リクオを抱く手で一緒に拾い上げてリクオの部屋に向かった。

暇そうにしている仲間を途中で捕まえてリクオの布団を引かせ、薬師を呼びに行かせる。

「大丈夫かリクオ」

「ぅ…ん」

ソッと布団の上にリクオの体を横たえ、その側に鯉伴は腰を下ろす。
クマのぬいぐるみを自分の横に置き、リクオの視界に入るようにしてやる。

「…ぉと…うさん…」

熱で潤んだ瞳が不安そうに揺れ、弱々しい声が鯉伴を呼ぶ。

「大丈夫だ。お父さんはずっとリクオの側にいるぞ」

掛け布団を掛け、ポンポンとリクオを安心させる様に軽く叩く。
誰かが用意してくれた水の入った桶で手拭いを濡らし、リクオの額に乗せた。
すると心なしかリクオの表情が和らぎ、鯉伴もほっとする。

「もう少し待ってろ。すぐ楽になるからな」

「ん…」

薬師はまだかと焦る思いを綺麗に隠して、鯉伴は穏やかにリクオに話しかけた。



◇◆◇



それから間もなく駆け付けた薬師の診断でリクオは風邪だと判明した。

「どっから持ち込んだんだか。しっかりうがい手洗いさせねぇとな」

薬を飲み、まだいくらか顔は赤いが、先程よりはずっと落ち着いてすぅすぅ寝息を立てるリクオの寝顔を眺め、鯉伴は呟く。

温くなった手拭いを外し桶に浸けて、水を絞ってから額に置き直した。

「お前がしゃがみこんでるのを見つけた時はびっくりしたぜ。…あんまり心配かけさせんなよ」

リクオの小さな手が握る鯉伴の羽織。一本一本指を解いて大きな掌で包み込む。

「……ゃ…」

「大丈夫、何処にもいかねぇよ」

布団の中に戻してやろうと思った手を途中で止め、繋いだままにする。

「あのぅ、鯉伴様。お粥出来たんですけどどうしますか?」

部屋の外から控えめに掛けられた声に鯉伴はリクオが良く眠っているのを確認して返す。

「リクオが起きたら食わすから、また後で温めてくれ」

分かりましたと返事が返ってきて、気配が遠ざかる。
話し声にも反応しない程深く眠っているリクオに鯉伴は今朝の事を思い出す。

いつもの様に元気に朝食の席に着いたリクオだったが、本人が思うほど箸があまり進んでいなかったのだ。
その時点で鯉伴は違和感を覚え、若菜にも確認をした。

やはり鯉伴と同じ様に気付いてはいたが、リクオ本人が何も思っていない様だったのでそんな日もあるかと、その時は納得した。

しかし、どうにも気になって探してみたら…リクオは廊下の途中でしゃがみこんでいるではないか。

汗で首筋に張り付いた栗色の髪を払ってやり、我慢強いともいえるリクオにさてどうしたものかと鯉伴は思う。

「とりあえずはリクオが起きたら着替えと粥か」

若菜が出掛けている今、誰かにリクオのことを頼むことも出来たが鯉伴はそうしなかった。

「風邪って明日には元気になるものだったか?」

やはりそこは自分の手で、自分が看病してやりたいと思った。
赤い顔して苦しむリクオを見て、自分が代わってやれたらと思う程に。

「…ん…ぅ」

ごろりと寝返りを打ったリクオの額から手拭いが落ち、鯉伴は手を伸ばしてそれを拾う。

再び桶に浸けて、ふぅと息を吐く。

「良く寝て、早く良くなれよリクオ」

片手で器用に絞った手拭いを、横を向いてしまったリクオの額に、どうやって乗せればいいのか暫し思案する鯉伴の姿がそこでは見られた。



end



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